久昌寺
隣接する雲龍寺の末寺にあたる小さな寺だが、創建は古く応永25年(1418)。手入れのゆきとどいた境内に弁財天を祭る願王殿がある。
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隣接する雲龍寺の末寺にあたる小さな寺だが、創建は古く応永25年(1418)。手入れのゆきとどいた境内に弁財天を祭る願王殿がある。
楼上に十六羅漢像と釈迦如来像を祭る、堂々とした山門が人々を迎える。広い境内は本堂・鐘堂・十王堂・庫裡などが整然と立ち、東山寺町界隈屈指の大伽藍を誇っている。安政3年(1856)建立の六角形の観音堂には百体観音を安置。本堂内に収められている地獄極楽図も拝観(要予約)できる。
御祭神・菅原道真公は学問・文化芸術・厄除けの神様として広く崇敬されている。飛騨の天神様として多くの参拝者が訪れる。天神様のお遣いである牛の石像が見どころ。春には境内全体が梅花で彩られる。合格祈願絵馬・願掛け撫で牛・開運厄除け割符が好評。檜[ヒノキ]で作られた特別仕様の御朱印も「木の国飛騨高山」らしいと人気を集めている。
承平年間(931~938)の創建と伝えられる古社。中世以降荒廃していたが、文政3年(1820)に江戸時代の国学者・本居宣長[もとおりのりなが]の門弟によって再興された。飛騨地方にある18社が奉られ、ここで参拝すれば18社すべてを参拝したのと同じご利益があるとされる。5月4・5日に開かれる例祭では、古式ゆかしい千人行列のほか、二人一組による親子獅子舞も行われる。総勢22頭もの獅子が一緒に舞う様は圧巻だ。
足利尊氏、直義[ただよし]兄弟が国土安泰を祈り全国に建立した安国寺の一つとして、貞和3年(1347)に創建された。境内に建つ経蔵(国宝)のほか、室町初期を代表する頂相彫刻として知られる開山瑞巌[ずいがん]和尚坐像(重要文化財)や、本尊釈迦三尊は必見。経蔵拝観は要予約。
初代藩主の金森長近が天正13年(1585)に城下町を造営する際、浄土真宗の門徒の中心道場として建てられた寺。その後幾度か火災に遭い、現在の本堂は昭和39年(1964)に再建されたもの。寺宝館(希望すれば拝観は可能だが、15時まで。無料)には親鸞[しんらん]上人の一代記を描いた絵など、貴重な宝物100点余りが展示されている。また、庫裡は飛騨随一の豪農であった杉下家の民家を移築したものだ。
金森長近の長男、長則の菩提寺。長則は織田信長に仕え、本能寺の変によって19歳で戦死した。寺の創建は養老4年(720)といわれる。屋根に露盤と宝珠をのせた珍しい鐘楼門があるが、この門は高山城の黄雲閣を移築したもの。鐘楼門からは市街を見渡せる。借景式庭園もすばらしい。
僧栄西がインドから持ち帰った、如意輪観音半跏思惟像[にょいりんかんのんはんかしいぞう]を本尊とする曹洞宗の禅刹。天保12年(1841)、素玄寺の塔頭[たっちゅう]として再建された。もとは金森氏以前に飛騨を治めていた三木[みつき]氏の菩提寺で、座禅体験もできる。料金:一般1000円・小中学生500円、所要:1時間、要予約。
慶長14年(1609)、2代藩主・金森可重[ありしげ]が、父・長近の菩提寺として建立。曹洞宗の寺で、寺名に長近の法号・素玄をとっている。寛永12年(1635)火災に遭い本堂を焼失。現在ある書院造の流れを汲む主殿造の本堂は、その当時高山城二の丸にあった評定所を移築したものだ。8月9・10日、松倉山の観音堂では絵馬市を開催。円空の不動明王像、軍扇や関ケ原の合戦で使用したという鶴毛陣羽織など、長近の遺品を所蔵。7年に1度の御開帳の際に公開される。
蒲田[がまだ]川をはさんで栃尾温泉の対岸にある、奥飛騨温泉郷の総鎮守社。福地温泉で静養したと伝えられる、第62代村上天皇を祭る。境内には、槍ケ岳と笠ケ岳を開山した播隆上人ゆかりの播隆塔が立つ。毎年5月10日には村上神社例祭や播隆祭が行われる。境内の大杉も必見。
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