
愛染桂
北向観音境内、愛染堂の近くにそびえる樹高22mもの大木。縁結びの霊木として人々から親しまれ、川口松太郎[かわぐちまつたろう]の名作『愛染かつら』は、この木からヒントを得たという説もある。
- 「別所温泉駅」から徒歩10分
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北向観音境内、愛染堂の近くにそびえる樹高22mもの大木。縁結びの霊木として人々から親しまれ、川口松太郎[かわぐちまつたろう]の名作『愛染かつら』は、この木からヒントを得たという説もある。
安楽寺の背後の山腹にあるこの塔は、鎌倉末期に北条氏によって建立されたもの。現在日本に残る、ただ一つの八角の塔だ。建築は中国から伝わった禅宗様建築。外側から一見すると四重に見えるが、一番下の屋根は「裳階」[もこし]とよばれるひさしのようなもの。縁や手すりがどこにもないなどの特徴がある。塔の内部は内陣と呼ばれ、大日如来像が安置されている。
信州の鎌倉と呼ばれる別所温泉には、外湯とも呼ばれる3カ所の共同浴場が温泉街に点在する。吉川英治の小説『新・平家物語』に、木曽義仲が葵御前を連れて逗留したと描かれた露天風呂のある大湯や、真田幸村の隠し湯といわれる石湯、慈覚大師ゆかりの大師湯などがあり、それぞれ異なった趣だ。
常楽寺、長楽寺(現存しない)と共に、別所三楽寺と称されていた古刹。天長年間(824~834)に開かれ、鎌倉時代に再興されたという歴史ある禅寺。鎌倉時代には鎌倉の建長寺と並ぶ格式が与えられ、北条氏の保護もあって、信州の仏教の中心地となっているという意味の記事が書物に残っている。本堂近くの伝芳堂(開山堂)に安置されている開山・樵谷惟仙[しょうこくいせん]和尚坐像(重要文化財)と、二世・幼牛恵仁[ようぎゅうえにん]和尚坐像(重要文化財)は、玉眼でまるで生きているかのように威厳がある。ともに嘉暦4年(1329)造。
北向観音にある。はじめに建てられた年代は不明だが、現在の建物は文化6年(1809)、地元の人々によって再建されたもの。この地には、温泉の薬効でさまざまな病気を治すという温泉信仰が昔から根強い。ちなみに「瑠璃」[るり]は、薬師如来を「瑠璃光如来」とよぶことからきている。
別所温泉で人気の上田市営の日帰り入浴施設。平成20年(2008)に移築し、内風呂、露天風呂のほかに、岩盤浴も登場。大広間でゆったり休憩もできる。食事処「比蘭樹[びらんじゅ]」もある。
本尊は千手観音菩薩。本坊は常楽寺。厄除観音として広く信者を集めている。一般に寺社は東か南(極楽浄土の方向)に向かって立つものだが、ここは観音堂も観音像も、文字通り北の方角を向いている。北斗七星が人々の依りどころになるように北向きに建っているのだ。来世の利益を願う善光寺と現世利益を求める北向観音の両方に参ることで、現世と来世の幸福が約束されるという信仰があり、片方だけにお参りすることを「片参り」という。多くの著名人が訪れ、北原白秋の歌碑、新派の俳優花柳章太郎の供養碑などが残る。
吉川英治の『新平家物語』にも登場する大湯は、別所温泉共同浴場(外湯)のひとつ。建物は温泉街の一角に立つ3層の瓦屋根の趣があるもの。かつては木曽義仲が愛妾・葵の前と療養に来たことから「葵の湯」、後に北条義政が浴室を建てたことから「北条湯」とも呼ばれた。現在は湯量の多さから「大湯」と改められている。浴場に引かれている単純硫黄泉の温泉は自然湧出する大湯源泉。神経痛や関節痛によく、肌も滑らかに。露天風呂もあり、玄関前に立つ「葵の湯」の石碑は飲泉場となっており、飲泉ができる。
北向観音の本坊となっている天台宗の古刹。別所三楽寺の一つで、天長年間(824~834)円仁慈覚大師によって開かれた。本堂裏には石造多宝塔(重要文化財)がある。葺吹きの屋根の本堂、樹齢350年の「御舟の松」に心打たれる。併設の美術館に展示されている徳川家康の日課念仏や聖観音像、古瓦のコレクションなども必見。
信州の鎌倉・別所温泉にある足湯。安楽寺にある八角三重塔をイメージして造られている。浴槽も座席も八角形になっていて、8人が一緒に足湯を楽しめる。湯は、近くの源泉から引かれている。
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