紀州石神田辺梅林
梅の産地・田辺市を代表する梅林で、隠れ里のような山里・石神の郷にある。江戸時代から梅栽培が行われていたといい、明治22年(1889)の水害を機に本格的に梅を植栽、栽培し始めた。標高約400mの「大蛇峰」と呼ばれている尾根からは、太平洋の水平線に向かってすり鉢状に広がる梅林が眺められ、「一目30万本」と謳われ、「天空の梅林」の名があるのにも納得。2月上旬から3月上旬の開花期の白い霞がたなびくような景観は圧巻だ。開園期間中には多彩なイベントも開催。
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梅の産地・田辺市を代表する梅林で、隠れ里のような山里・石神の郷にある。江戸時代から梅栽培が行われていたといい、明治22年(1889)の水害を機に本格的に梅を植栽、栽培し始めた。標高約400mの「大蛇峰」と呼ばれている尾根からは、太平洋の水平線に向かってすり鉢状に広がる梅林が眺められ、「一目30万本」と謳われ、「天空の梅林」の名があるのにも納得。2月上旬から3月上旬の開花期の白い霞がたなびくような景観は圧巻だ。開園期間中には多彩なイベントも開催。
紀伊田辺駅の北、会津川のほとりに立つ「弘法さん」で親しまれる寺。寺伝によると、草創は聖徳太子で、弘法大師が中興したとされ、豊臣秀吉の紀州征伐で焼き討ちされた。境内を見渡すと、文化年間(1804~18)に建てられた多宝塔がひときわ目を引く。また、縄文時代の貝塚跡や、墓地には南方熊楠[みなかたくまぐす]や合気道創始者の植芝盛平[うえしばもりへい]の墓もある。
田辺湾の北側に突き出た岬で、日和山を中心とする緑豊かな20haの丘陵部と千潮時に顔をだす21haの平らな岩礁で形成されている。ここでは、陸と海の動植物が、平たい岩礁をはさんで同居し、森・磯・海の三者が一体となって一つの生態系を作っており、市街地に近接しているにも関わらず、豊かな自然が残されているのが特徴。ナショナルトラスト運動先駆けの地として有名。また、近年ウユニ塩湖のような絶景が見られると話題になっている。
熊野古道のメインルートともいわれる中辺路にあるスポット。乳岩は滝尻王子近くにある大岩。かつて熊野参詣の途中で産気づいた藤原秀衡の妻が、この地で赤子を産み落としたといい、参詣の間、残された赤子はこの大岩から滴り落ちる乳を飲み、オオカミが守り育てていたという伝説が残る。すぐそばの大岩の下にできた穴は、「胎内くぐり」として安産祈願をする女性に昔も今も人気。
熊野詣に同行した藤原定家の旅日記や滝尻王子の出土品の展示などで熊野古道の歴史を学べる資料館。案内マップなども揃うので、古道歩きの前に立ち寄りたい。平安衣装の貸出し(2500円、9~15時)も受付。
和歌山県下一を誇る3万平方mの広さで、開園日が県内でも早いぶどう園。より安全でより甘いぶどうを目指して栽培している。この園で栽培したぶどう(甲斐ノワール)をワインにして販売もしており、これは日本でも珍しい。ぶどう狩りの品種は、ピオーネ、巨峰、シャインマスカットほか、富士の輝き、バイオレットキング、マイハート、雄宝、クィーンセブン、クィーンニーナ、オリエンタルスターなど12品種。
熊野霊場の入口とされ、九十九王子の中でも格式が高いとされた「五体王子」のひとつ。後鳥羽上皇や貴族が熊野詣に訪れた際には、ここで体を浄め、歌会などを行ったといわれている。滝尻王子の奥からは険しい山道が続く。
熊野古道の要所であり、五体王子の次に重要とされた王子。日置川に架かる北野橋を渡ってすぐの所に近露王子之跡と刻まれた自然石の碑がある。また、江戸時代に宿場町として栄えた、近露の里の山里風景も広がる。
日置川上流の人里離れた杉林に囲まれた、ちかつゆアイリスパーク内。園内に、100人収容可能なオートキャンプ場と大小5タイプのバンガローが整備されている。オオワシ、イヌワシなどを飼育している。
龍神温泉にある公共の宿で日帰り入浴が可能。浴場やロビーなどに龍神材をふんだんに使用した施設で、木造の男女別の内湯とそれに続く岩囲みの露天風呂がある。
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