菅平高原
昭和2年(1927)にスキー場がオープンし、35万人が冬期シーズンに訪れるリゾート地は、昭和6年(1931)ラグビーの合宿開始から夏の球技キャンプ地として脚光を浴びている。夏場の平均気温が19度という涼しい高原は、スポーツをする若者はもちろん、涼しさを求める人々の憩いの場となっている。
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昭和2年(1927)にスキー場がオープンし、35万人が冬期シーズンに訪れるリゾート地は、昭和6年(1931)ラグビーの合宿開始から夏の球技キャンプ地として脚光を浴びている。夏場の平均気温が19度という涼しい高原は、スポーツをする若者はもちろん、涼しさを求める人々の憩いの場となっている。
広々とした丘の上には、菅平とスイスのダボス町との姉妹都市提携を記念して立てられたダボスの塔やシュナイダー記念塔がある。4~9月は高原の花々が、10月中旬~11月中旬は紅葉が美しい。
弘法大師が修行霊場として開いた古刹。三重の塔は重要文化財に指定。縁[えん]や匂欄[こうらん](手すり)などが付いていない。未完成となるがゆえに、その姿が簡素で美しいことから、「未完成の完成塔」と呼ばれ親しまれている。名物の手作りのくるみおはぎ900円(4月~11月末までの10~15時、休み:木・金曜、要予約)は、地元産のオニグルミのタレが美味。塩田平散策コースの中ほどにあり、立ち寄る人も多い。
男女別の内湯のみの小ぢんまりとした日帰り温泉。山道を下ったところにあるため、ちょっとした隠れ湯として温泉ファンに愛されている。マンガンが含まれているなめらかな温泉は、ほのかに硫黄の香り。
天正11年(1583)に真田昌幸が築城、徳川の大軍を2度撃退した歴戦の名城として知られる。関ケ原の合戦後破却されたが、その後、上田に移封された仙石忠政[せんごくただまさ]によって再建。近世後期には松平氏の居城となった。現在は上田城跡公園として整備され、隅櫓[すみやぐら]と石垣などが往時の面影を伝える。
信州の鎌倉・別所温泉にある足湯。安楽寺にある八角三重塔をイメージして造られている。浴槽も座席も八角形になっていて、8人が一緒に足湯を楽しめる。湯は、近くの源泉から引かれている。
万物を生成させる生島神と、万物を満ち足らしめる足島神を祀る信濃の古社。池に囲まれた神島に鎮座する上宮(御本社)の内殿(県宝)には床板がなく、大地そのものの土間が御神体とされている。武田信玄公の願文をはじめとする戦国武将の起請文[きしょうもん](重要文化財)など、貴重な文化財も多数。真田信幸公寄進の下宮(諏訪神社)の社殿、県内最大級の歌舞伎舞台は長野県宝に指定されている。境内の子安社、夫婦欅、家族欅は良縁子宝・安産子育の御神徳がある。
天文16年(1547)、真田幸隆[ゆきたか]が開いた寺。その後昌幸[まさゆき]によって整備され、真田氏の菩提所となった。参道入口にそびえ立つアーチ型の大きな石門が有名。境内には幸隆夫妻と昌幸の墓がある。春のシダレザクラも見事。
共同浴場「大湯」を取り壊し、平成12年(2000)に同じ場所に建てられた公衆浴場。内村川沿いに立つ建物は簡素な平屋建てで、館内には男女別の浴場のほか、受付、椅子とテーブルが置かれた休憩スペースだけというシンプルさ。内湯は黒御影石の縁にタイル貼りで、熱い湯とぬるめの湯の2つの浴槽があり、外に続く石造りの露天風呂は5~6人で満員だが、せせらぎと森の緑が清々しい。かつての「大湯」の風情こそないが、名湯を満喫するには充分。
標高2000mの美ヶ原高原に位置する道の駅。野外彫刻美術館「美ヶ原高原美術館」の入場券売場が1階に、2階にはギャラリーIと、屋外展示場への入口があり、美術館の施設を兼ねた道の駅になっている。広々とした売店「ショッピングモール」は、信州の特産品はもちろん、美ヶ原高原美術館のアートグッズまで幅広く取り揃えている。2階のレストランでは地元の食材を使った豊富なメニューが揃う。広大な景色が広がる展望テラスでは、ソフトクリームや郷土の名物「おやき」も販売。セットされたテーブルでくつろぎながら軽食を楽しめる。
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