萬徳寺
本尊は国指定重要文化財 木造阿弥陀如来坐像を安置している。国の名勝に指定されている庭園は、春はツツジ、秋は「日本の紅葉百選」の一つに選ばれたモミジが美しい。
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本尊は国指定重要文化財 木造阿弥陀如来坐像を安置している。国の名勝に指定されている庭園は、春はツツジ、秋は「日本の紅葉百選」の一つに選ばれたモミジが美しい。
お水送りの寺として有名だ。本堂(重要文化財)、仁王門(重要文化財)が立つ。木造男神・女神坐像(重要文化財、非公開)もある。春には桜、秋には紅葉が美しい。お水送り当日(3月2日)は入門自由だが、内陣には入れない。
孝謙天皇の勅願によって眼病が治癒。木造薬師如来立像が本尊、ほかに木造月光菩薩立像、木造日光十一面観音菩薩立像などがある。いずれも国の重要文化財に指定されているが、なかでも日光十一面観音菩薩立像は日本密教定着以前のものとされ、歴史資料としても価値が高い。多田寺は出世薬師とも言われ、お金に恵まれる梵鐘があり、豊臣秀吉も鐘をついて長浜に築城が叶ったという。
霊亀2年(716)行基が女帝(上の元正天皇の所へ)元正天皇の勅願によって諸堂を建立したのが始まりと伝わる。本尊の十一面観音菩薩立像(重要文化財)は元正天皇の御等身として行基が彫ったとされており、彩色が残り女性的な表情をもつ美しい仏像。天皇の等身大に造られているという。現存する本堂は、文安4年(1447)に奥州十三湊(青森)を本拠地とする安倍(安藤)康季により再建されたもので、重要文化財に指定されている。
上社の若狭彦神社、下社の若狭姫神社を合わせて、若狭一の宮とも呼ばれている若狭最古の神社。もともと同じ場所に鎮座していたが、後に上社と下社に分けられた。霊亀元年(715)創建の若狭彦神社には、2本の杉の木が根元部分で一つになっている巨大な夫婦杉がある。養老5年(721)創建の若狭姫神社にも千年杉と呼ばれる巨樹がある。ともに古来若狭の国の開拓祖神、総鎮守とされる。
創建は大同元年(806)といわれるが、国宝に指定された現在の本堂(薬師堂)は、正嘉2年(1258)に再建されたもの。深々とせり出した軒などに、鎌倉時代の密教建築の特徴が表れている。同じく国宝である高さ22mの三重塔は、本堂横の杉木立の中に立つ。平安後期に作られた本尊薬師如来坐像、降三世明王[ごうざんぜみょうおう]立像、深沙大将[じんじゃだいしょう]立像、不動明王立像の4体は国の重要文化財に指定されており、その迫力に圧倒される。
本堂は、鎌倉初期に造られた若狭最古の建築物で、寄棟造り檜皮葺。本堂(重要文化財)、木造二十四面千手観音菩薩立像(重要文化財)がある。北陸観音第3番札所、若狭観音第18番札所。
雲城公園内にある自噴井戸。雲城水は地下30mから湧き上がる地下水で、地元で愛飲されているだけでなく、遠方からもわざわざ水を汲みに来る人がいるほど。時には10~15分の待ち時間がでる場合もあるとか。近所の和菓子店では、雲城水で冷やした小浜名物のくずまんじゅうも販売。
晩年の常高院(お初)が両親と夫・京極高次を弔うため発願して建立。4m以上もある常高院の墓石は350年以上たった現在も残っている。常高院に仕えていた7人の侍女の墓もある。
奈良・東大寺の春の行事「お水取り」。その際に汲み上げられる神聖な水は、ここで毎年3月2日に行われる「お水送り」神事により送り出された“御香水”なのだとか。約10日かけて地下を流れ、東大寺二月堂の若狭井に湧き出るといわれている。
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