
法隆寺 西円堂
法隆寺西院伽藍北西の高台にある国宝の八角円堂。養老2年(718)、光明皇后の母である橘夫人の発願により、行基が創建したと伝えられている。現在の堂は、建長2年(1250)の再建で、鎌倉時代の堂々とした気風を感じさせる。堂内中央に安置された天平後期作の本尊・薬師如来坐像(国宝)は、「峯の薬師」とも呼ばれ、高さ246cmの脱活乾漆造の大きな仏像だ。毎年2月初旬に行われる西円堂修二会[しゅにえ]の鬼追式(追儺会)は、節分の豆まきの原形という。
- 奈良県斑鳩町
2025年08月18日 09時00分発表天気情報提供元:ウェザーニュース
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法隆寺西院伽藍北西の高台にある国宝の八角円堂。養老2年(718)、光明皇后の母である橘夫人の発願により、行基が創建したと伝えられている。現在の堂は、建長2年(1250)の再建で、鎌倉時代の堂々とした気風を感じさせる。堂内中央に安置された天平後期作の本尊・薬師如来坐像(国宝)は、「峯の薬師」とも呼ばれ、高さ246cmの脱活乾漆造の大きな仏像だ。毎年2月初旬に行われる西円堂修二会[しゅにえ]の鬼追式(追儺会)は、節分の豆まきの原形という。
法隆寺東院伽藍の本堂である八角円堂。行信僧都が聖徳太子の遺徳をしのんで、天平11年(739)に建てたといわれる。屋根の宝珠と露盤が五重塔初層西面の舎利塔に似ているところから、聖徳太子の廟という説もあり、厨子の本尊・救世観音像(国宝)は、樟の一木造、漆箔の飛鳥仏で、聖徳太子の等身像といわれる。秘仏として白布に厚く包まれていたとされ、光背・台座ともにほとんど傷みがない。明治17年(1884)、アメリカ人フェノロサと岡倉天心によって像の全容が明らかになった。救世観音像の厨子は毎年、春と秋に特別開扉。
法隆寺の絵殿・舎利殿の後方にある東院の講堂。夢殿と同じころの創建とみられる。聖武天皇の夫人であった橘古那可智[たちばなのこなかち]の住宅を仏堂に改造したもので、天平期の住宅遺構として貴重。正面7間、側面4間。本瓦葺きの緩やかな切妻屋根を上げる。側壁の虹梁[こうりょう]と蟇股[かえるまた]の架構が美しい。天井は化粧屋根裏で、天蓋が吊られ、床は当時としては珍しい板敷。堂内には3組の阿弥陀三尊像(重要文化財)など多くの仏像を安置する。