五十鈴川 御手洗場
五十鈴川のほとりにある手洗場。敷き詰められた石畳は、徳川綱吉の生母、桂昌院[けいしょういん]の寄進といわれる。ここで心身を清めてから参拝するのが習わしだ。
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五十鈴川のほとりにある手洗場。敷き詰められた石畳は、徳川綱吉の生母、桂昌院[けいしょういん]の寄進といわれる。ここで心身を清めてから参拝するのが習わしだ。
内宮の所管社の一つで、木華開耶姫命[このはなさくやひめのみこと]を祀る。もとは宇治館町の産土[うぶすな]の神であったともいわれ、安産や子授けの神として今も地元の人たちに広く信仰されている。
参道に面して立つ、銅板葺き・入母屋造の建物。神楽殿、御饌殿[みけでん]、神札授与所が並んでいる。御神楽や御饌などの御祈祷を行い、お神札類の授与が行われる。
行基が開祖といわれる真言宗の古刹で、外宮の東側の小高い場所にある。毎年7月7日に行われる柴燈大護摩[さいとうだいごま]法要は伊勢の夏の風物として知られる。当日は家内安全、豊作、大漁を願う人々が護摩木を求めて訪れる。
古来より、日の大神(太陽)と、沖合に鎮まる興玉神石[おきたましんせき]を拝するところとして知られてきた。夫婦岩はこれらを拝む鳥居の役割をしている。伊勢参宮の禊場としても知られる。主祭神は道開きの神・猿田彦大神で、境内には天の岩屋・龍宮社のほか、大神のお使いとされる「蛙」の置物が並ぶ。無事カエル・お金がカエルなどのご利益があるとされ、授与所では蛙のお守りなども授与している。
「お伊勢さん」で親しまれる伊勢神宮とは“伊勢の神宮”のことで、正式名称は「神宮」という。天照大御神を祀る皇大神宮(内宮[ないくう])と、衣食住・産業の守り神・豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮[げくう])の2社をはじめ、別宮、摂社、末社、所管社を合わせて伊勢市内に点在する125社の総称だ。その起源は約2000年前からと伝わり、神宮杉の古代の森に包まれた静謐な大気に満ちた内宮や外宮を巡れば、心が洗われたような清々しい気分に。神宮の中心となるのは内宮で、昔から庶民の憧れだった“お伊勢まいり”の参拝は外宮から内宮へと回るのが通例だ。
五十鈴川に架かる檜造りの橋。この橋を渡って内宮の神域に入る。橋の西詰に立つ鳥居には、遷宮のときに解体された外宮正殿の棟持柱[むなもちばしら]が、東詰の鳥居には内宮正殿の棟持柱が再利用されている。はずされた2つの鳥居も再度、関の追分と桑名の七里の渡しに移される。冬至の日には、ちょうど宇治橋の中心線上に日の出が拝める。
倉田山の一角にある、内宮の別宮の一つ。天照大御神のご鎮座の地を伊勢と定めた、倭姫命[やまとひめのみこと]を祀る。創建は大正12年(1923)と新しく、うっそうとした森の中に神明造の社殿がひっそりと立つ。
外宮の表参道手水舎[てみずしゃ]の向かいにある、高さ10m、樹齢1000余年の楠の大木。平清盛が勅使として参向したとき、冠に当たった枝を切らせたという逸話からその名が付いたといわれる。
外宮の中心。衣食住の守護神である豊受大御神を祀る。御垣内には四丈殿[よじょうでん]、東宝殿[とうほうでん]、西宝殿[さいほうでん]、御饌殿[みけでん]、外幣殿[げへいでん]などがあり、4重の垣根に囲まれた正殿[しょうでん]に御祭神が鎮座。一般の参拝は外玉垣南御門の前から。最初に2度最敬礼をしたのち、2度拍手を打ち、最後にもう一度最敬礼をするのが正しい参り方だ。板垣南御門内での撮影は禁止。
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