広島護国神社
明治元年(1868)に戊辰戦争で陣没した浅野藩士78柱を祀ったのが創建で、以来、大東亜戦争に至るまでの数々の戦争で戦没した英霊、原爆犠牲となった動員学徒、女子挺身隊などおよそ9万2千余柱の神霊を祀っている。原爆で御社殿すべてが焼失した後、昭和31年(1956)に現在の広島城跡に再建された。現在の社殿は平成5年(1993)に建て替えられたもの。
- 「城北駅」から徒歩8分/「県庁前(広島)駅」から徒歩9分
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明治元年(1868)に戊辰戦争で陣没した浅野藩士78柱を祀ったのが創建で、以来、大東亜戦争に至るまでの数々の戦争で戦没した英霊、原爆犠牲となった動員学徒、女子挺身隊などおよそ9万2千余柱の神霊を祀っている。原爆で御社殿すべてが焼失した後、昭和31年(1956)に現在の広島城跡に再建された。現在の社殿は平成5年(1993)に建て替えられたもの。
天正17年(1589)に毛利輝元が築城した城。鯉城[りじょう]とも呼ばれる。かつて国宝に指定されていた天守閣は、原爆投下によって倒壊。現在の5層天守閣は昭和33年(1958)の再建で、内部は武具の展示や武家文化、城下町広島を学べる歴史博物館になっている。近隣には広島城二の丸復元建物、広島城三の丸商業施設がある。
広島市の中心部、緑に囲まれた広島市中央公園の一角にあるひろしま美術館は、昭和53年(1978)11月に広島銀行の創業100周年を記念して設立。「愛とやすらぎのために」をテーマに、ミレーやモネ、ルノワール、ゴッホ、マティス、ピカソ、シャガールといったヨーロッパ近代美術の巨匠たちの作品などが約80点常設展示されている。黒田清輝、浅井忠、藤島武二といった日本近代洋画や、竹内栖鳳や横山大観などの日本画も所蔵。年に数回特別展も開催している。
広島市内を流れる元安川や本川、上流の太田川をクルーズする遊覧船。乗り場は、原爆ドーム近くの元安桟橋(予約不要)と本川沿いのアステールプラザ桟橋(要予約)。原爆ドームや平和記念公園を眺めながら太田川を遡り、天満川との合流付近で折り返す。心地よい風に吹かれての約25分のクルージングを楽しもう。17時以降のサンセットクルーズ(約40分)2000円もおすすめだ。
14世紀中頃、足利尊氏が全国に建立した安国寺の一つといわれ、のちに禅宗から真言宗に改宗、不動院となった。原爆によって廃墟と化した広島で唯一残る室町時代の遺構。唐様建築最大級といわれる金堂(国宝)、鐘楼と銅製の梵鐘、本尊の木造薬師如来坐像、唐様の楼門は重要文化財に指定されている。楼門にある木造仁王像は県の重要文化財。また春は桜の名所として賑わう。
ファッション、グルメともに充実し、幅広い年齢層で賑わう。正面玄関は待ち合わせ場所にも最適。不定期に芸能人イベントが行われるなどホットなスポットとなっている。広島バスセンター直結、そごう隣。大型ビジョンが目印。冬には巨大クリスマスツリーも登場。
平和記念公園と宮島、世界遺産に登録されている広島の2大観光スポットを約45分で結ぶ定期船。広島の市街地や原爆ドームを水上から眺められる。
爆心地から460mの位置で被爆し、かろうじて西校舎が残った袋町小学校。資料館はその西校舎の一部を保存して建てられたもので、当時の被災者が安否を知らせるために書いた壁の伝言など、貴重な資料を展示している。
昭和4年(1929)、大阪の大正屋呉服店が建設したもので、当時としては珍しい鉄筋コンクリートのモダンな建物だった。爆心地から170mの 至近距離で被爆。地下室を除いて全焼したが、建物としての基本的形態はとどめた。戦後は補修され、燃料会館として使用されていたが、昭和57年(1982)より、平和記念公園レストハウスとして使用され、1階には観光案内所や土産を扱う売店がある。地下室は被爆当時の姿を残し、見学もできる(要事前予約)。
幕末から明治の人々に影響を与えた「日本外史」の著者、頼山陽が青年時代に過ごした屋敷が歴史資料館に。館内には風雅な庭園や茶室も備えている。
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