
ふくやま美術館
デ・キリコ、セガンティーニ、シャガールなど、イタリアを中心としたヨーロッパの近現代美術の作品を展示。岸田劉生、安井曾太郎など日本の近代洋画家や瀬戸内ゆかりの画家の作品、国宝・重要文化財の刀剣なども紹介している。
- 「福山駅」から徒歩5分/「備後本庄駅」から徒歩22分
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デ・キリコ、セガンティーニ、シャガールなど、イタリアを中心としたヨーロッパの近現代美術の作品を展示。岸田劉生、安井曾太郎など日本の近代洋画家や瀬戸内ゆかりの画家の作品、国宝・重要文化財の刀剣なども紹介している。
乗る、触れる、撮るがテーマの体験型博物館。バタンコと呼ばれ親しまれた三輪車、自転車にエンジンを取り付けた原動機付自転車のほか、往年の自動車を動態保存・展示している。4・5・7・8月には、昭和30年代のボンネットバス試乗会も開催される。江戸時代の和時計や古い電化製品の展示もある。所要30分~1時間。
江戸時代に山陽道の宿駅となり、参勤交代の諸大名が宿泊する本陣が設けられて宿場町として栄えた神辺。今も旧山陽道沿いには神辺本陣などの歴史ある建物が残り、町並み散策には格好だ。また、江戸後期の儒学者で漢詩人・菅茶山[かんちゃざん]の出身地でもあり、茶山の開いた廉塾と旧宅が残っている。土・日曜や祝日には、各所でボランティアガイドの説明が受けられるのがうれしい。
元和8年(1622)徳川家康の従兄弟・水野勝成[みずのかつなり]が福山十万石の領主となって築城。天守閣は昭和41年(1966)の再建で、博物館として公開している。京都の伏見城から移築されたという伏見櫓(重要文化財)と筋鉄御門[すじがねごもん](重要文化財)は往時の遺構。令和4年(2022)令和の大普請では全国で唯一となる天守北側壁面の鉄板張りが復元された。
福山市郊外、便利なショッピングセンターに併設されている温浴施設。地下約1000mから湧出する26.6度の源泉を直接内湯の湯船に。この「生源泉かけ流し」のほか、内湯には源泉を利用した大浴槽をはじめ、健爽浴や寝湯、サウナを備える。露天風呂には、大きな岩風呂。炭酸泉や1人用の石壺湯、うたた寝の湯などもあり、いろいろな入浴が楽しめる。
元和5年(1619)徳川家康の従兄弟・水野勝成[みずのかつなり]が備後十万石の領主となり築城し元和8年(1622)に完成。今の天守閣は昭和41年(1966)に再建され、博物館として公開されている。城内には約300本のソメイヨシノ、ヤマザクラ、サトザクラが咲く。福山城博物館もある。
市街中央部にあり、シーズンには1万5000平方mの園内に670種7000本のばらが咲き乱れる。緑町公園のばら花壇とともに、5月中旬の福山ばら祭のメイン会場になっている。
江戸時代に山陽道の宿駅となり、参勤交代の諸大名が宿泊する本陣が設けられて宿場町となった神辺宿。宿場内には三日市の尾道屋菅波家(西本陣)と七日市の本荘屋菅波家(東本陣)があったが、この「神辺本陣」は西本陣のこと。筑前黒田家専用の本陣だったといい、延享5年(1748)に建てられた屋敷は黒塗りの土塀に囲まれ、屋敷内には御成の間や二の間などが残り、当時の様子を物語っている。屋敷全体は広島県指定史跡、建物は広島県指定重要文化財となっている。
廉塾は、江戸時代後期の儒学者・漢詩人である菅茶山[かんちゃざん]が、安永4年(1775)に開塾。寛政8年(1796)に福山藩の郷校となり廉塾となった。歴史家であり漢詩人の頼山陽が塾頭をしていたこともあり、多くの門人が学んだという。当時の講堂のほか寮舎や茶山の居宅などが現存しており、塾生が筆や硯を洗ったという水路や菜園、養魚池も残っている。国指定特別史跡。土・日曜、祝日にはボランティアガイドの説明が受けられるのがうれしい。平日の見学は1週間前までに神辺観光協会へ要予約。
かつての山陰・山陽を結ぶ石州街道の宿場町。白壁の土蔵造りの旧家、格子窓の建物が立ち並び、歴史の面影を残している。町のシンボル上下キリスト教会は旧財閥角倉家の土蔵。府中市上下歴史文化資料館は田山花袋の代表作『蒲団』のヒロインのモデルとなった岡田美知代の生家。また、天領上下ひなまつり等のイベント時には、大正時代に上棟された木造建築物としては中国地方唯一の芝居小屋「翁座」の見学ができる。
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