福山城
元和8年(1622)徳川家康の従兄弟・水野勝成[みずのかつなり]が福山十万石の領主となって築城。天守閣は昭和41年(1966)の再建で、博物館として公開している。京都の伏見城から移築されたという伏見櫓(重要文化財)と筋鉄御門[すじがねごもん](重要文化財)は往時の遺構。令和4年(2022)令和の大普請では全国で唯一となる天守北側壁面の鉄板張りが復元された。
- 「福山駅」から徒歩4分/「備後本庄駅」から徒歩24分
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元和8年(1622)徳川家康の従兄弟・水野勝成[みずのかつなり]が福山十万石の領主となって築城。天守閣は昭和41年(1966)の再建で、博物館として公開している。京都の伏見城から移築されたという伏見櫓(重要文化財)と筋鉄御門[すじがねごもん](重要文化財)は往時の遺構。令和4年(2022)令和の大普請では全国で唯一となる天守北側壁面の鉄板張りが復元された。
乗る、触れる、撮るがテーマの体験型博物館。バタンコと呼ばれ親しまれた三輪車、自転車にエンジンを取り付けた原動機付自転車のほか、往年の自動車を動態保存・展示している。4・5・7・8月には、昭和30年代のボンネットバス試乗会も開催される。江戸時代の和時計や古い電化製品の展示もある。所要30分~1時間。
広島県東部の瀬戸内海に面する港町。潮の流れが干満によって逆転する海域に面し、そのため古くから潮待ち港として栄え、幕末、衝突した船に乗っていた坂本龍馬が上陸した港としても知られる。雁木とよばれる石段状の船着き場をはじめ、波止と呼ばれる曲線を描く防波堤や、常夜燈、船番所などの港湾施設が今でも残り、古くからの町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定、「近世港町」として文化庁の日本遺産にも認定されている。伝統漁法の鯛網が、観光鯛網として行われている。
元和5年(1619)徳川家康の従兄弟・水野勝成[みずのかつなり]が備後十万石の領主となり築城し元和8年(1622)に完成。今の天守閣は昭和41年(1966)に再建され、博物館として公開されている。城内には約300本のソメイヨシノ、ヤマザクラ、サトザクラが咲く。福山城博物館もある。
市街中央部にあり、シーズンには1万5000平方mの園内に670種7000本のばらが咲き乱れる。緑町公園のばら花壇とともに、5月中旬の福山ばら祭のメイン会場になっている。
使用済みの発泡スチロール製食品トレーを回収し、原料に戻し、もう一度食品トレーを作る「トレーtoトレー」と呼ばれる循環型リサイクルを世界で最初にスタートしたのがエフピコ。福山リサイクル工場では、説明員がクイズや動画を交えてリサイクルの工程を楽しくわかりやすく解説。実際に工場の中に入り、回収された使用済みトレーが選別される様子を間近で見学することができる。
福山西ICと福山東ICの間にあるサービスエリア。バラがメインコンセプトの「パヴァリエ ローズマインド福山」が中心施設。バラにちなんだ商品も多数販売している。シーズンには約800本のバラが咲き誇る自慢のバラ園があり、ガラス張りの店内からはバラ園の眺めを楽しめる。フードコートには大阪王将、マクドナルド、丼ぶり・カレー・麺類まで豊富にメニューが揃う。家族連れに嬉しいベビールームや小さな子供が遊べるキッズルームがあるほか、ドッグランも設置されている。
江戸末期築の主屋と明治時代の土蔵が一体となった建物は福山市の重要文化財に指定。通り土間を介してその横に店の間、中の間、奥の間と続く、典型的な鞆の商家の形を見ることができる。土・日曜、祝日に公開。
慶応3年(1867)坂本龍馬と海援隊を乗せたいろは丸は、鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突した。鞆の浦へ上陸後、船の賠償交渉の際、海援隊士と共に宿泊したとされる商家。龍馬は階段のない2階の隠し部屋に寝泊まりしたと伝えられており、暗殺の危機もかえりみず談判にのぞんだ覚悟がしのばれる。ギャラリーショップも併設。
『山椒魚』、『黒い雨』で知られる福山市出身の作家・井伏鱒二[いぶせますじ]を中心に、英文学者で随筆家の福原麟太郎[ふくはらりんたろう]、劇作家の小山祐士[こやまゆうし]、詩人の木下夕爾[きのしたゆうじ]らの資料を展示。『黒い雨』の直筆原稿や鱒二の愛用品をはじめ、書斎も往時そのままに再現されている。所要30分。
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