
鳥羽城跡
九鬼嘉隆が文禄3年(1594)に築城した鳥羽城は、九鬼水軍の本拠地でもあった。往時は総面積が10万平方m以上もあったとされている。大手門が海側に突出した珍しい造りで、この門が海への出入口になっていた。当時の面影を思わせるものは、石垣の一部のみとなったが、現在は「海の見える公園」として整備されている。
- 「中之郷駅」から徒歩5分/「鳥羽駅」から徒歩10分
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九鬼嘉隆が文禄3年(1594)に築城した鳥羽城は、九鬼水軍の本拠地でもあった。往時は総面積が10万平方m以上もあったとされている。大手門が海側に突出した珍しい造りで、この門が海への出入口になっていた。当時の面影を思わせるものは、石垣の一部のみとなったが、現在は「海の見える公園」として整備されている。
山本周五郎の小説『扇野』の舞台にもなった、樋の山にある憩いの広場。敷地内にはメダカ池や藤棚をはじめ、無料の足湯も設置。午前中は温泉玉子作りを楽しむこともできる。メダカ池では春になると5000匹のメダカの大群が、初夏には蛍が飛び交う光景が見られる。
ミキモト真珠島に昭和60年(1985)に開設された日本で初めての真珠の専門博物館。1階では、アコヤ貝が真珠を作る仕組みから、真珠の色や光沢による選別、ネックレスを作る工程までを紹介。2階はアンティークジュエリーコレクションや真珠をふんだんに使用した美術工芸品の数々が楽しめる。
神明神社の参道にある小さな社で、地元の海女さんの間では古くから「女性の願いをひとつ叶えてくれる」と言い伝えられている。神明神社授与所では海女の魔除けである星と格子を染めたお守りを授与。お守り1100円、ストラップお守り1500円、記念お守り1200円。
戦国時代に水軍の将として活躍した九鬼嘉隆は、関ケ原の合戦に敗れて答志島に逃走し、自刃する。「鳥羽城の見える地に」との遺言に従い、首は岬の頂上に、胴は麓に葬られた。首塚の石碑、胴塚の五輪の塔は、三重県の文化財に指定されている。
乱歩と鳥羽の関りや著作の紹介、乱歩が撮影・編集したミキモト真珠島の海女の映像や愛用品などを展示している。
鳥羽湾に浮かぶ答志島にある温泉を引く宿「中村屋」で、日帰り入浴を受け付けている。大浴場や露天風呂、2つの貸切展望風呂(要予約)からは、海を眺めながらの爽やかな湯浴みが満喫できる。昼食付きプランもある。
海で働く人々の守り神、綿津見神[わたつみのかみ]を祭る神社。三島由紀夫の小説『潮騒』の冒頭、主人公の新治が一気に駆け上がった214段の石段を上がりきれば、境内を囲む松林の向こうに海の景色が広がっている。
飼育種類数が約1200種類と日本一。開館68年の老舗水族館。館内は12のゾーンに分けられており、さまざまな環境下に生息する海や川の生きものを飼育展示している。人魚伝説のモデルとも言われているジュゴンとアフリカマナティーの両種を飼育しているのは、世界でも唯一ここだけ。また楽しいパフォーマンスやショーも充実し、運動能力の高さを紹介するアシカショーや、大きなセイウチの体やヒゲに触れるセイウチふれあいタイム、ペンギン散歩なども人気が高い。
幕末、鳥羽藩家老の家に生まれた門野幾之進は14歳で慶應義塾に入塾。卒業後は同塾の教頭になり、多くの学生を指導した。また、保険制度を事業化。千代田生命保険の創立者でもある。記念館では幾之進の生涯と業績をわかりやすく展示している。
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