天正11年(1583)に真田昌幸が築城、徳川の大軍を2度撃退した歴戦の名城として知られる。関ケ原の合戦後破却されたが、その後、上田に移封された仙石忠政[せんごくただまさ]によって再建。近世後期には松平氏の居城となった。現在は上田城跡公園として整備され、隅櫓[すみやぐら]と石垣などが往時の面影を伝える。
信州の鎌倉・別所温泉にある足湯。安楽寺にある八角三重塔をイメージして造られている。浴槽も座席も八角形になっていて、8人が一緒に足湯を楽しめる。湯は、近くの源泉から引かれている。
万物を生成させる生島神と、万物を満ち足らしめる足島神を祀る信濃の古社。池に囲まれた神島に鎮座する上宮(御本社)の内殿(県宝)には床板がなく、大地そのものの土間が御神体とされている。武田信玄公の願文をはじめとする戦国武将の起請文[きしょうもん](重要文化財)など、貴重な文化財も多数。真田信幸公寄進の下宮(諏訪神社)の社殿、県内最大級の歌舞伎舞台は長野県宝に指定されている。境内の子安社、夫婦欅、家族欅は良縁子宝・安産子育の御神徳がある。