藤白神社
古代から中世にかけて、熊野三山へ参拝する上皇・法皇が宿泊。王子の中でも格式の高い五躰王子の一つ、藤白王子跡。子授け・安産・健康・長寿の神様として今も信仰を集めている。近くには全国の鈴木姓のルーツともなった、鈴木氏の鈴木屋敷がある。熊野古道筋に唯一残る、熊野本地仏三躰が藤白王子権現本堂に祀られている。神仏霊場。平成27年(2015)10月に熊野参詣道紀伊路(藤白王子、藤白坂塔下王子など)が国指定史跡に認定された。
- 「海南駅」から徒歩20分/「冷水浦駅」から徒歩25分
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古代から中世にかけて、熊野三山へ参拝する上皇・法皇が宿泊。王子の中でも格式の高い五躰王子の一つ、藤白王子跡。子授け・安産・健康・長寿の神様として今も信仰を集めている。近くには全国の鈴木姓のルーツともなった、鈴木氏の鈴木屋敷がある。熊野古道筋に唯一残る、熊野本地仏三躰が藤白王子権現本堂に祀られている。神仏霊場。平成27年(2015)10月に熊野参詣道紀伊路(藤白王子、藤白坂塔下王子など)が国指定史跡に認定された。
大宝元年(701)建立。和歌山県下に現存する最古の寺。若く美しい安珍に心を奪われた清姫は募る思いから大蛇となり、道成寺の釣鐘に隠れた安珍を炎で燃やし、自らは入水したという伝説が残る。62段の石段を上り、朱塗りの仁王門(重要文化財)をくぐると、正面に本堂(重要文化財)、右手に安珍清姫伝説の鐘楼跡がある。宝仏殿には平安前期作の木造千手観音立像(国宝)や脇侍の日光・月光菩薩像(国宝)をはじめ、数々の文化財を安置。縁起堂では、寺の縁起と安珍清姫伝説の絵とき説法(約40分)も、随時行う。
正嘉2年(1258)に源実朝を弔うために建立された寺で、法燈国師[ほっとうこくし](覚心)が開祖である。覚心は、醤油の誕生のきっかけとなった径山寺[きんざんじ]味噌の製法を宋から持ち帰り、この地に伝えた人物。また、虚無僧[こむそう]4名を宋から伴って帰国し、全国に普化[ふけ]尺八を広めたことでも知られ、毎年10月13日の開山忌[かいさんき]には尺八の献奏も行われる。8月15日の孟蘭盆会[うらぼんえ]の灯籠焼き(火祭り)の踊りは、和歌山県指定無形民俗文化財。
紀伊田辺駅の北、会津川のほとりに立つ「弘法さん」で親しまれる寺。寺伝によると、草創は聖徳太子で、弘法大師が中興したとされ、豊臣秀吉の紀州征伐で焼き討ちされた。境内を見渡すと、文化年間(1804~18)に建てられた多宝塔がひときわ目を引く。また、縄文時代の貝塚跡や、墓地には南方熊楠[みなかたくまぐす]や合気道創始者の植芝盛平[うえしばもりへい]の墓もある。
5世紀初めに、熊野権現を勧請し、建立されたと伝えられる神社。社名は、弁慶の父といわれる熊野別当湛増[たんぞう]が、壇ノ浦の合戦の際に源平両軍から支援を求められ、どちらにつくか迷ったので、この神社の境内で紅白の鶏を闘わせて占い、源氏に加勢したことから付いた。境内には江戸時代建築の社殿が立ち並び、社務所には、湛増の鉄烏帽子や鉄扇、源義経愛用の笛、弁慶の産湯の釜が、社宝として展示されている。
インドから熊野の海岸に漂着した裸形上人[らぎょうしょうにん]が開山した寺。本尊は千手千眼観世音菩薩像(重要文化財)で、平安時代に作られたもの。補陀洛とは古代サンスクリット語の「ポータラカ」の音訳で、観音菩薩の住む浄土を意味する。かつて那智の浜は補陀洛浄土に通じていると信じられ、この寺の住僧は臨終間際になるとわずかな食料を屋形付きの小舟に積み、扉を封印して、補陀洛へと旅立った。これを補陀洛渡海[ふだらくとかい]という。境内には渡海船が復元されているほか、隣には熊野詣の際、潮垢離[しおごり]をしたといわれる浜ノ宮王子跡に、熊野三所大神社[おおみやしろ]が立つ。
虎関[こかん]師錬開山の臨済宗東福寺派の寺。天明6年(1786)、津波で大破していた寺を愚海[ぐかい]和尚が再建した際、友人の画家・円山応挙が再建祝いとして方丈の障壁画を描き、その作品を弟子の長沢芦雪が寺に届けた。芦雪もまた、この寺に滞在している間、多くの襖絵などを描き残したため、無量寺は「芦雪寺」とよばれている。
全国熊野神社の総本宮として崇敬が篤く、孝謙天皇の御世に「日本第一大霊験所 根本熊野大権現」の勅額を賜る古社。熊野速玉大神(父神)、熊野夫須美大神(母神)を中心に十八柱の天神地祗を祀り、生きる力をもう一度戴く「甦りの宮」として有名。10月15・16日に行われる例大祭は、国の重要無形民俗文化財に指定。参道にそびえる樹齢1000年の御神木 椰・なぎは、「世界平和の木」として手を合わす人が絶えない有名な熊野のシンボル。また1000点の国宝古神宝を所蔵、一部を熊野神宝館で展示。特に御神徳の高い御守として熊野牛王宝印、椰守、直霊守[なおひまもり]、甦り守が有名。
和歌山県新宮市に鎮座し、源頼朝寄進の538段の急峻な石段を上ると、大きなゴトビキ岩が聳える。この巨岩が古くからの御神体で、熊野の神々が初めに降りたった聖地として、太古より神の磐座として崇められてきた。現在は神倉神社として高倉下命[たかくらじのみこと]と天照大神[あまてらすおおみかみ]を祀る。日本最古の火祭り「お燈祭」(国指定重要無形民俗文化財)でも有名。毎年2月6日に白装束に荒縄を巻いた2000人もの上り子が松明を手に急な石段を駆け下りる。新宮節に「山は火の滝、下り龍」と歌われるほど勇壮な火祭りだ。
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