善福寺
天長元年(824)、弘法大師が関東一円に真言宗を広めるために、高野山に模して麻布山善福寺を開山した。東京都区内では浅草寺に次ぐ古刹で、了海上人の木像(国の重要文化財)や福沢諭吉の墓所などがある。
- 「麻布十番駅」から徒歩7分/「赤羽橋駅」から徒歩17分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
天長元年(824)、弘法大師が関東一円に真言宗を広めるために、高野山に模して麻布山善福寺を開山した。東京都区内では浅草寺に次ぐ古刹で、了海上人の木像(国の重要文化財)や福沢諭吉の墓所などがある。
「毘沙門様」として親しまれている日蓮宗の寺。毘沙門天は多聞天ともいわれ、七福神の一人でもある。文禄4年(1595)の創建以来安置されている毘沙門天像は、新宿区の文化財に指定されている。
東京・永田町の「日枝神社」は古くから「山王さん」として親しまれ、山や水を司り、万物の生成発展守護している「大山咋神[おおやまくいのかみ]」が祀られている。古くは江戸城の中に祀られていたことから、徳川家の鎮守神として崇拝されていた。縁結びや安産、子授け、仕事運、商売繁昌などの御利益が有名。神使は「神猿[まさる]」で境内には夫婦の猿の像が置かれている。
1000年以上の歴史をもつ古社。享保14年(1729)に、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗公の命により、現在の地に建立。祭神は、厄除開運の神様である「素盞嗚尊[すさのおのみこと]」、その妻である「奇稲田姫命[くしいなだひめのみこと]」、そして日本一の縁結びの神様として有名な「大己貴命[おおなむぢのみこと]」の三柱の神が祀られている。
明治2年(1869)に明治天皇の思し召しにより創建された「招魂社」が始まり。幕末の志士から大東亜戦争までの戦歿者246万6千余柱を祀る。境内には、東京管区気象台が開花を観測するために指定する桜の標本木があり、桜の名所としても知られる。「遊就館[ゆうしゅうかん]」では神社ゆかりの宝物や祭神である戦歿者の遺書・遺品、零戦などの貴重な史資料を展示。初詣、春秋の例大祭、夏のみたままつりなど年間500万人の参拝者が訪れる。境内各施設を解説する「境内モバイルガイド」をスマートフォンやタブレットにて閲覧可能(データ通信料がかかる)。
今から約1900年前、日本武尊[やまとたけるのみこと]が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社。宝永3年(1706)に徳川5代将軍綱吉が現在の社殿を奉建した。権現造りの壮麗な社殿、唐門、楼門などは重要文化財に指定されている。ツツジの名所としても名高い。
社殿創建から1200年余りという古社。室町時代の江戸図に描かれ、江戸九社の一つに数えられる。主祭神は日本武尊[やまとたけるのみこと]、相殿神は国常立尊[くにのとこたちのみこと]と弟橘媛命[おとたちばなひめのみこと]。日本武尊が部下の目の病の治癒を祈願された由緒があり、眼病平癒のお守りが有名。11月の酉の市は商売繁盛・開運招福を祈願する行事であり、多くの参拝者で賑わう。
応永22年(1415)に創建。慶長7年(1602)徳川家菩提寺に。広大な墓所には家康公の生母・於大[おだい]の方や、2代将軍秀忠公の娘・千姫[せんひめ]のほか、徳川家ゆかりの女性が眠る。また、歴史小説で知られる作家、柴田錬三郎らの墓もある。
「勝負の神」として武士の信仰を集めた神社。延暦3年(784)に征夷大将軍・坂上田村麻呂が東夷征伐の際、この地に陣を張り、八幡三神を勧請し武運長久を祈ったという伝説が残る。
東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年(1880)に創建され、「東京のお伊勢さま」と称され親しまれている。神前結婚式創始の神社でもあり、今もその伝統的な結婚の儀式を守り伝えている。また、結びの働きを司る造化の三神があわせ祀られていることから、縁結びの御利益がある神社としても知られ、良縁を願う参拝者が多く訪れる。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。