横川中堂(首楞厳院)
延暦寺横川の中心となる堂で、嘉祥元年(848)に根本観音堂として創建された。信長の焼き討ちと雷火で2度焼失、現在の堂は昭和46年(1971)の再建。懸崖に突き出した舞台造で、鮮やかな朱塗りが美しい。
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延暦寺横川の中心となる堂で、嘉祥元年(848)に根本観音堂として創建された。信長の焼き討ちと雷火で2度焼失、現在の堂は昭和46年(1971)の再建。懸崖に突き出した舞台造で、鮮やかな朱塗りが美しい。
大津京を開いた天智天皇を祭神とし、大津京跡隣接地に鎮座。約20万平方mの境内には、朱塗りの楼門のほか、昭和造や近江造と称される拝殿、本殿が立ち並ぶ。また楼門を入った左手には、漏刻[ろうこく](水時計)を設けて初めて時刻制度を確立した天智天皇にちなんで造られた、時計館宝物館や、漏刻、日時計などもある。百人一首かるた名人戦などかるたの聖地としても知られる。建物の多くは登録有形文化財に指定されている。天智天皇が困難な中で日本の運命を開いていかれたことから、開運の神と崇敬されている。
延暦寺開祖である伝教大師最澄の廟所で、山内第一の聖域。古木に包まれたあたりは静寂が支配し、厳粛な気持ちにさせられる。堂内は非公開。
延暦寺東塔にあり、昭和38年(1963)に坂本の讃仏堂を移築したもので、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮ら比叡山で修行し、各宗の開祖となった僧の等身大の木像を安置する。
最澄が開基した、延暦寺の中心地区。法華総持院東塔は仏教大師により計画され、貞観4年(862)、慈覚大師円仁によって創建された天台密教の根本道場。信長の焼討後400年、昭和62年(1987)に復元再建された。東塔・潅頂堂・寂光堂を総称して法華総持院という。根本中堂(国宝)をはじめ、戒壇院(重要文化財)、大講堂(重要文化財)、國寶殿、延暦寺会館などがある。所要1時間30分。法華総持院東塔堂内は非公開。
聖徳太子の創建と伝えられる天台真盛宗[てんだいしんせいしゅう]の総本山。信長の比叡山焼き打ち後、坂本城の城主となった明智光秀の尽力により復興した。入母屋造の本堂(重要文化財)、桃山様式を伝える客殿(重要文化財)、小堀遠州作庭の客殿の庭などみどころも多い。
滋賀院門跡の上にある恵日院境内に立つ。信長による焼き打ちのあと、延暦寺の復興に尽力し、家康をはじめとした江戸幕府に仕えた慈眼大師天海[じげんだいしてんかい]を祀る廟所で、本尊木造慈眼大師坐像は国指定重要文化財。境内には家康や紫式部の供養塔、江戸以降の天台座主の墓のほか高島市の鵜川四十八体石仏のうちの13体などが並ぶ。
比叡山延暦寺中興の祖・元三大師良源の住居跡と伝わる。康保4年(967)、村上天皇の勅命で四季に法華経が講義されたことから、四季講堂と呼ばれるようになった。現在は元三大師像を本尊としており、「横川のお大師さん」と親しまれる。
全国3800社の日吉・日枝・山王神社の総本宮。約2100年前に比叡山の神を麓に迎え創祀された古社。千年の都、京都の鬼門(北東)を守護し、厄除に名高い神社として崇敬される。また伝教大師の諸願により、仏教天台宗の守護神ともなる。境内には国宝や、国の重要文化財に指定された建造物が立ち並び、4月12~14日には湖国三大祭の山王祭が行われる。
天台宗の総本山。東塔・西塔・横川に、約150余りの堂塔が点在する。延暦7年(788)に伝教大師最澄[でんぎょうだいしさいちょう]が小堂を建て、一乗止観院[いちじょうしかんいん]と称したのが始まり。国宝・重文も多数所蔵し、平成6年(1994)、世界文化遺産に登録された。国宝根本中堂は平成28年(2016)から令和12年(2030)に亘る大改修を行っている。ただし、改修中も堂内拝観は可能。
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