上の橋擬宝珠
中津川に架かる上の橋の欄干には、18個の擬宝珠が付けられている。擬宝珠とは手すりや橋の欄干に付ける飾りのこと。青銅製で慶長14年(1609)の銘が刻まれるものが8個、慶長16年(1611)の銘が刻まれるものが10個ある。これほど多く残っているのは全国的にも珍しい。国認定重要美術品でもある。
- 「上盛岡駅」から徒歩17分
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中津川に架かる上の橋の欄干には、18個の擬宝珠が付けられている。擬宝珠とは手すりや橋の欄干に付ける飾りのこと。青銅製で慶長14年(1609)の銘が刻まれるものが8個、慶長16年(1611)の銘が刻まれるものが10個ある。これほど多く残っているのは全国的にも珍しい。国認定重要美術品でもある。
昭和天皇のご成婚を記念して建築され、昭和2年(1927)に完成した。東京都の日比谷公会堂や早稲田大学大隈記念講堂で有名な佐藤功一氏が設計しており、外壁をスクラッチタイル張りにしたモダンな造りは当時も注目を集めた。平成18年(2006)に国の登録有形文化財として登録され、また、平成25年(2013)に盛岡市の都市景観賞を受賞した。庭園には盛岡出身で「平民宰相」として有名な原敬の胸像(本山白雲作)が設置されている。現在は、会議・習い事教室・イベントなどに、会議室・大ホールを貸し出している。
中ノ橋のたもとに立つ、ルネッサンス風赤レンガの建物。明治44年(1911)に旧盛岡銀行本店として建てられた国の重要文化財で、設計は東京駅の設計者として知られる辰野金吾と、その教え子で盛岡市出身の葛西萬司。辰野金吾が設計した建築としては東北地方に唯一残る作品。平成24年(2012)8月、「赤レンガの銀行」として親しまれてきたこの建物は、銀行としての営業を終了し、約3年半の及ぶ保存修理工事を経て、公開施設として生まれ変わった。
盛岡出身の建築家・葛西萬司の設計で、昭和2年(1927)に完成した建物。正面に6本の円柱がそびえ、花崗岩に施された石彫りのパターンが重厚な印象を与えている。
北上川の東岸、材木町のメインストリート。賢治ゆかりの光原社、背広姿の賢治が腰掛ける石座など、光や音楽をモチーフにした6つのモニュメントでファンタジックな賢治の世界を堪能できる。4月第2土曜~11月の最終土曜は、路上買物市「よ市」で賑わう。
慶長14年(1609)、第27代藩主南部利直が盛岡城築城時に中津川に架けた橋。シンボルの擬宝珠は、第12代南部政行が後村上天皇より恩賞として京都の加茂川にかかる橋の擬宝珠の使用が許された故事に因むもの。国指定重要美術品「上の橋 青銅擬宝珠」。
盛岡市街にほど近い国道4号沿いにある赤レンガ造りの地ビールブルワリー。ドイツの小さな醸造所で約100年前から使っていたという仕込釜やクールシップ(麦汁冷却槽)などを移設し、ヨーロッパの伝統的なビールを醸造している。直売所と見学ルームがあり、モルトミル(麦芽粉砕機)やビールの原料などの展示を見学できる。定番のコクと苦みのバランスがいいベアレンクラシック330ml 400円などを販売。
県内外の骨董商から趣味でアンティークを集めている好事家まで、プロアマ問わず様々な人たちが出店する骨董市。歴史は古く昭和59年(1984)開催。紺屋町通り(東北電力ネットワーク盛岡電力センター前から佐々木硝子店あたりまで)に出店が並ぶ。
明治39年(1906)に日露戦争戦勝記念として、住民たちが高松の池に桜の木を植栽したのが始まり。既に大正10年(1921)頃には桜の名所として、一大観桜地とされたほどの賑わいをみせていた。ソメイヨシノを中心にシダレザクラやヤマザクラ、約1500本の桜が咲く。「日本さくら名所100選」にも選定されている。
盛岡地方裁判所前庭にある、周囲約21mという巨大な花崗岩を割って自生する樹高約11m、樹齢約350~400年のエドヒガンザクラ。国の天然記念物にも指定されており、市内でいち早く花を咲かせる。巨石を割って満開の花を咲かせる姿は圧巻。例年の見頃は4月上旬~中旬。
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