白浜海水浴場
平成18年(2006)に環境省の「快水浴百選」に選ばれた海水浴場。紺碧の海と白砂青松が美しく、夕暮れ時は長崎半島に沈む夕日がすばらしい。また、松林にはキャンプ場があり、シーズンになるとにぎわっている(利用無料)。
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平成18年(2006)に環境省の「快水浴百選」に選ばれた海水浴場。紺碧の海と白砂青松が美しく、夕暮れ時は長崎半島に沈む夕日がすばらしい。また、松林にはキャンプ場があり、シーズンになるとにぎわっている(利用無料)。
天草灘に面した海岸沿いの標高97mの小山。凝灰角礫岩でできた岩山で、タブノキやイヌマキ など約190種類の植物が茂り、アコウやショウペンノキなどの珍しい植物があることから 「岩戸山樹叢」として国の天然記念物に指定されている。登山口には巌吼寺、中腹にはさるの墓や穴観音と呼ばれる数体の石仏を祀った洞窟がある。キリスト教隆盛時にはこの洞窟に隠した仏像までキリスト教徒に破壊されたという歴史もある。座禅石と呼ぶ岩戸山東側の峰は、対岸の天草まで眺望できる景勝地だ。巌吼寺登山口から座禅石まで徒歩15分。
世界文化遺産の構成資産でキリスト教弾圧の舞台である原城跡と、キリシタン大名・有馬晴信 の居城でキリスト教繁栄の中心であった日野江城跡。この2つを通して、南島原のキリシタン史やキリシタン文化などを解説・紹介している。展示室1のテーマは、日野江城を中心としたキリスト教の伝来と繁栄。日野江城出土の金箔を施した瓦や活版印刷機の模型などを展示し、イエズス会や天正遣欧少年使節、日野江城跡などを紹介。展示室2では、島原・天草一揆(島原の乱)と潜伏キリシタンをテーマに、原城跡の出土品である十字架や砲弾などを展示。原城跡発掘現場のレプリカや、島原・天草一揆の蜂起と終焉までのシーン模型が興味深い。
永禄10年(1567)の南蛮船入港以来、西洋文化の窓口として栄えた口之津は明治期には石炭の積出港としても賑わった。そんな町の歴史がわかる資料館。再現された明治時代の商家・農家の生活用品や船員が持ち帰った世界の品々などを見学できる。洋館風の建物は明治32年(1899)に建てられた長崎税関口之津支署を修復したもので、長崎県の文化財に指定されている。所要1時間。学習、研究者向けの施設となっている。
海に突き出た岬状の地形の龍石海岸には、琴平神社と呼ばれる神社がある。遠洋漁業に出向く漁師が多いこのまちの人々は、岬の先に神社を建立し、長旅の安全を祈願していた。神社を建てるのに適した岬をつくったのは、約50万年前に始まった雲仙火山の最初期の噴火による噴出物と川の流れ。数万年に及ぶ火山活動がつくり出した雲仙火山のすそ野が川で削られ、海に突き出た岬となり、その上を、荒海で戦う漁師達の心を支える神様の居場所にした。琴平神社は、今も静かに漁師たちの安全を祈り続けている。
南島原市の景勝地「鮎帰りの滝」の近くにある。梨狩りの後にマイナスイオン浴も楽しめる。1kg600円~の量り売り。
長崎県の島原半島南端に位置する口之津港から出航する約1時間のイルカウォッチングクルーズ。熊本県天草下島との間の早崎海峡には約200頭のミナミハンドウイルカが生息。海で泳ぐ野生のイルカを船に乗って見に行き、家族みんなで感動体験をしよう。イルカの数が多く、定住しているため、季節を問わず高確率で一年中会うことができる。機嫌が良ければジャンプするイルカや、春から夏にかけては赤ちゃんイルカが見られることも。季節ごとに楽しいイベントも開催中。
平成3年(1991)9月15日の雲仙普賢岳の大火砕流で、付近の民家など約150棟とともに被災 し、火砕流遺構として保存されている2階建ての校舎。最大級の火砕流の発生による熱風の直撃を受けて炎上した校舎は、当時の状態をそのまま留めており、外観だけでもその凄まじさに圧倒される。校舎内に入れば、焼け焦げた教室内に散乱する机や椅子などを見学することができ、一瞬にして学校全体を焼き尽くした火砕流の恐ろしさを実感できる。校庭のイチョウは同じく焼かれたが、翌年には芽を吹き復活した。隣接の大野木場砂防みらい館と併せて見学を。
平成2年(1990)の普賢岳災害で被災した家屋11棟をそのままの姿で展示・保存。国道251号沿いの道の駅みずなし本陣ふかえの中にあり、火山学者夫妻が残した火山活動の写真や映像を展示する火山学習館、食事処などを併設。
有明海に突き出した標高30mの丘上にある城跡。慶長9年(1604)、有馬貴純が日野江城の支城として築城。南北1.3km、東西0.5kmの城跡は、石垣で囲まれた本丸、二ノ丸、三ノ丸、天草丸などから成り、戦国時代の石積技術を使用した城郭だった。キリシタン大名・有馬晴信の失脚後、慶長20年(1615)に廃城。寛永14年(1637)の島原・天草一揆(島原の乱)では約3万7000人の領民が88日間たてこもり、約12万人余の幕府軍と戦った末、全滅。城跡からは数多くの砲弾や人骨、十字架などが出土し、一揆の総大将・天草四郎時貞のものといわれる墓碑や石像、多数の骨を集めて供養したほねかみ地蔵が、かつての悲劇を伝えている。国指定史跡で、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産でもある。
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