龍石海岸
海に突き出た岬状の地形の龍石海岸には、琴平神社と呼ばれる神社がある。遠洋漁業に出向く漁師が多いこのまちの人々は、岬の先に神社を建立し、長旅の安全を祈願していた。神社を建てるのに適した岬をつくったのは、約50万年前に始まった雲仙火山の最初期の噴火による噴出物と川の流れ。数万年に及ぶ火山活動がつくり出した雲仙火山のすそ野が川で削られ、海に突き出た岬となり、その上を、荒海で戦う漁師達の心を支える神様の居場所にした。琴平神社は、今も静かに漁師たちの安全を祈り続けている。
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海に突き出た岬状の地形の龍石海岸には、琴平神社と呼ばれる神社がある。遠洋漁業に出向く漁師が多いこのまちの人々は、岬の先に神社を建立し、長旅の安全を祈願していた。神社を建てるのに適した岬をつくったのは、約50万年前に始まった雲仙火山の最初期の噴火による噴出物と川の流れ。数万年に及ぶ火山活動がつくり出した雲仙火山のすそ野が川で削られ、海に突き出た岬となり、その上を、荒海で戦う漁師達の心を支える神様の居場所にした。琴平神社は、今も静かに漁師たちの安全を祈り続けている。
島原半島随一の絶景。川のように流れる早崎瀬戸の速い潮の流れ。樹齢数百年のアコウの巨木群。自然の地形を利用したジャガイモ畑。早崎半島の景観は、火山噴火とその噴出物を利用した地元の人々がつくりあげたもの。火山島は海を埋め立てて速い潮の流れをつくり、多くの魚が棲む豊かな海を生み出した。また、火山噴出物は数百万年を経て赤茶色の土となり、農作物や巨木を育んでいる。約430万年前に島原半島を生んだ火山噴火は、早崎半島の独自の文化と歴史の源だ。
永禄10年(1567)の南蛮船入港以来、西洋文化の窓口として栄えた口之津は明治期には石炭の積出港としても賑わった。そんな町の歴史がわかる資料館。再現された明治時代の商家・農家の生活用品や船員が持ち帰った世界の品々などを見学できる。洋館風の建物は明治32年(1899)に建てられた長崎税関口之津支署を修復したもので、長崎県の文化財に指定されている。所要1時間。学習、研究者向けの施設となっている。
約430万年前、島原半島付近で海底火山の噴火が起こった。最初はマグマと海水がふれてはげしい爆発が何度も起き、マグマを粉々に砕いた。山が大きくなりマグマが海水とふれあわなくなった後は、溶岩流が静かに地表を流れた。早崎海岸に広がる黒い岩畳のような岩石は、今のハワイ島で起きているような火山噴火によって、島原半島が誕生したことを伝えている。
有明海に突き出した標高30mの丘上にある城跡。慶長9年(1604)、有馬貴純が日野江城の支城として築城。南北1.3km、東西0.5kmの城跡は、石垣で囲まれた本丸、二ノ丸、三ノ丸、天草丸などから成り、戦国時代の石積技術を使用した城郭だった。キリシタン大名・有馬晴信の失脚後、慶長20年(1615)に廃城。寛永14年(1637)の島原・天草一揆(島原の乱)では約3万7000人の領民が88日間たてこもり、約12万人余の幕府軍と戦った末、全滅。城跡からは数多くの砲弾や人骨、十字架などが出土し、一揆の総大将・天草四郎時貞のものといわれる墓碑や石像、多数の骨を集めて供養したほねかみ地蔵が、かつての悲劇を伝えている。国指定史跡で、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産でもある。
南島原市の景勝地「鮎帰りの滝」の近くにある。梨狩りの後にマイナスイオン浴も楽しめる。1kg600円~の量り売り。
南島原市布津町にある、公共の日帰り温泉施設。平成15年(2003)に温泉の掘削を開始、後に完成した大浴場がある。温泉は源泉かけ流しで使用している。家族風呂の利用や広々した広間で休憩もできる。詳細は公式サイト要確認。
世界文化遺産の構成資産でキリスト教弾圧の舞台である原城跡と、キリシタン大名・有馬晴信 の居城でキリスト教繁栄の中心であった日野江城跡。この2つを通して、南島原のキリシタン史やキリシタン文化などを解説・紹介している。展示室1のテーマは、日野江城を中心としたキリスト教の伝来と繁栄。日野江城出土の金箔を施した瓦や活版印刷機の模型などを展示し、イエズス会や天正遣欧少年使節、日野江城跡などを紹介。展示室2では、島原・天草一揆(島原の乱)と潜伏キリシタンをテーマに、原城跡の出土品である十字架や砲弾などを展示。原城跡発掘現場のレプリカや、島原・天草一揆の蜂起と終焉までのシーン模型が興味深い。
白砂青松で美しい海水浴場。期間中は市営桟敷があり売店などが営業する。ビーチには、海を眺めるブランコやベンチが設置されており、映えスポットとなっている。
前方に島原湾が広がり、島原・天草一揆に関わる湯島(談合島)を望む丘陵地にある史跡公園。園内には十字架が建てられ、キリシタン墓碑21基が集められた「桜馬場墓碑群」がある。島原半島にはキリシタン墓碑が数多くがあるが、特に南島原市内には100基を超える墓碑が確認されている。うち有家町内の道路端や石垣、畑の中などに点在していた墓碑を集めたものが「桜馬場墓碑群」。県指定史跡の2基は、「類子銘入り扁平蓋石型」と「花十字紋入り扁平蓋石型」の箱形の墓石。「類子」は「ルイス」と読み、男性に用いたクリスチャン・ネームだ。天正年間(1573~1592)、この地にはキリスト教布教第二管轄区が置かれ、約70年間にわたって布教活動が行われていた。それ以前は仏教が栄えていた地でもあり、仏教とキリシタンの遺跡が混在する歴史的に興味深い地でもある。
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