
新田神社
明治8年(1875)、金山城本丸跡に建てられた神社で、新田義貞公が祭られている。樹齢800年以上の大ケヤキが立つ境内からは関東平野が一望できる。
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明治8年(1875)、金山城本丸跡に建てられた神社で、新田義貞公が祭られている。樹齢800年以上の大ケヤキが立つ境内からは関東平野が一望できる。
上武道路とよばれる国道17号沿いの道の駅。観光交流コーナーや休憩スペース、授乳室も完備した駅舎内では、太田市が日本屈指の栽培面積を誇る「やまといも」などの新鮮な野菜が並ぶ「採れたて市場」や、民芸品・工芸品を販売する「クラフト市場」での買い物が楽しみ。人気は道の駅では珍しい屋台形式の車がズラリと並ぶケータリングカービレッジ。日替わりでさまざまなケータリングカーが出店しており、上州らーめんやとろろうどん、とり皮餃子、ケバブなど多彩なメニューが揃う。週末にはイベントが開催され、多くの人々が利用する。
金山山麓の7つの由緒ある寺を巡るコース。全行程約12km、所要時間約3時間。順路は弁財天(学業増進)の大光院、毘沙門天(開運厄除)の金龍寺、福禄寿(福運招来)の玉巖寺、寿老人(無病息災)の永福寺、布袋尊(福徳円満)の曹源寺(さざえ堂)、大黒天(五穀豊穣)の受楽寺、最後は恵比寿神(商売繁盛)の長念寺。毎年1月第2日曜に開催される。
岩松家純[いわまついえずみ]が築城したとされる戦国時代の山城。上杉謙信、武田勝頼などの再三にわたる攻略にも揺るがなかった堅城として名高い。現在も堀や石垣の一部が残っているほか、発掘調査により日ノ池や石敷き通路などが復元されている。
レガシィやフォレスターなど自動車を製造している矢島工場。車の材料から完成するまでの工程を見学できる。なかでも、ロボットが一斉にボディをつなぎ合わせていくシーンは見ごたえあり。工場見学が終わったら隣接のビジターセンターへ。展示ホールでは、スバルの歴代の車やスバルの個性的な技術や環境への取り組みなどを紹介している。
元弘3年(1333)、新田義貞が後醍醐天皇の綸旨[りんじ]を受け、北条氏(鎌倉幕府)打倒のために兵を挙げたと伝えられる地。「大中黒」の軍旗がはためいたというクヌギの大木のほか、旗挙塚[はたごづか]や床机塚[しょうぎづか]などが残る。義貞は鎌倉幕府打倒後の混乱の中、足利氏との戦いで38歳で戦死。毎年5月8日、「鏑矢祭」[かぶらやさい](旗挙げの儀式)が境内で行われる。国指定史跡[遺跡地]。
各種の福祉施設が併設する、福祉総合センター内に立つ温泉施設。館内の奥に造られた大浴場は和風と洋風の2カ所あり、それぞれ大浴槽と低温サウナを備え、月ごとに男女を入れ替えている。ほかに身体の不自由な人のために、浴場内にスロープや手すりが設置された身障者用の風呂があり、予約制で利用できる。館内には休憩用の大広間、中広間、有料の個室があり、大広間では有料のカラオケが楽しめる。食事施設がないため、飲食物を持ち込むことも可能だ。
文治3年(1187)、新田義重公が京から迎えた養姫[ようひめ]の祥寿姫[しょうじゅひめ]の菩提を弔うために建てられた六角堂が起源。2度の火災後、寛政5年(1793)に建立された3階建ての栄螺堂[さざえどう]と呼ばれる観音堂を本堂としている。栄螺堂は、その名の通り内部が螺旋[らせん]形式の回廊になっており、秩父、坂東、西国の観音札所に因んだ100観音像を安置し、国の重要文化財に指定されている。
笹沢左保[ささざわさほ]原作『木枯紋次郎』[こがらしもんじろう]のふるさと。テレビ映画上の架空の村だが、江戸時代後期の村落や街道がみごとに再現されている。入場口となる関所で、円を文銭に両替する。茶屋や食事処、みやげ物店などで使われるのは全て文銭。紋次郎の生家や旅籠屋などのほか、地底探検のできる怪異現洞[かいいげんどう]や絡繰屋敷[からくりやしき]などのアトラクションも楽しめる。
毒蛇温室や大蛇温室では、日本のアオダイショウの子ヘビやマムシからキングコブラやブラックマンバ、さらに4mをこえるアミメニシキヘビやオオアナコンダなど、様々なヘビが間近に見られる。また、日曜のイベントでは、「猛毒ハブからの採毒実演」や「ヘビのお食事タイム」「ハ虫類ふれあい体験教室」など、ヘビについて楽しく学ぶことができる。大蛇との記念撮影(3~11月)も人気。
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