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金香瀬坑口(観光坑道入口)日本遺産「播磨貫く、銀の馬車道 鉱石の道」構成文化財
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組み方が馬の蹄に似ていることから馬蹄形鋼枠二枚合掌と呼ばれる支保工
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近代採掘のため、鉱石、鉱員を運んでいた蓄電気式機関車
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昭和4年(1929)に製造され、地下880mの深部まで降りることができた巻上機
銀が発見されたのは約1200年前と伝えられる生野銀山。織田・豊臣・徳川の直轄を経て明治政府初の官営鉱山となり、日本の近代化に貢献した大鉱山だ。近年には、経済産業省「近代化産業遺産」の構成遺産や文化庁「日本遺産」の構成文化財の一部にも認定。総延長350km以上、深さ約880mに及ぶ坑道の一部を公開した施設の敷地内には、生野鉱物館や鉱山資料館、吹屋資料館、レストハウス、食堂なども揃う。約1kmの観光坑道は、車椅子やペットの入場も可能で、近代技術による採掘状況や岩肌の生々しいノミ跡、銀鉱脈跡などが間近に見学できる。