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うどんの里全景
五島うどんは島特産の椿油を塗って手延べしたツルツルシコシコの細麺。五島手延べうどん協同組合が運営するこの施設には、うどん茶屋「遊麺三昧」がある。
| 営業時間 |
11時~14時30分
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| 定休日 |
不定休
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| 住所 |
長崎県新上五島町有川郷428-31
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| 交通アクセス |
有川港<中通島>→徒歩すぐ
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| 電話番号 |
0959420680
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情報提供:株式会社JTBパブリッシング
2026/03/13
2026年03月16日 09時00分発表天気情報提供元:ウェザーニュース
| 時刻 | 0時 | 3時 | 6時 | 9時 | 12時 | 15時 | 18時 | 21時 |
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| 天気 |
晴 |
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7°C |
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| 風向き |
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中通島の北部、青方港桟橋対岸の高台にその姿を望める教会。江戸末期に大村藩の外海から移住してきた潜伏キリシタンの人々が、明治12年(1879)に、今は若松島に移築され土井ノ浦教会となっている最初の教会堂を建立。現在の教会堂は大正5年(1916)に再建されたもので、設計・施工は地元出身の鉄川與助。桟瓦葺きの重層屋根で、レンガの組方や色の違いで装飾されたレンガ造りの外壁が美しい。正面玄関部はドーム型の鐘楼となっており、内部は三廊式で、天井は漆喰塗りのリブ・ヴォールト天井だ。西ドイツ製の花柄のステンドグラス、半円のアーチ窓など、ロマネスク様式をとり入れており、柱頭の彫刻は與助の父鉄川与四郎の作。鎧戸や聖体拝領台などほぼすべてが当時のまま残っていることから長崎県の有形文化財に指定されている。
世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「頭ヶ島の集落」の中心となる教会。教会の始まりは、慶応2年(1867)に上五島地域の潜伏キリシタンの頭目であったドミンゴ松次郎が頭ヶ島の白浜に移住し、自宅を「仮の聖堂」としたことから。現在の天主堂は2代目で、信徒らの労働奉仕と10年の歳月をかけて大正8年(1919)に完成。設計・施工は鉄川與助。五島石を使った外観は力強い組石造りだ。八角形の銅板張りのドーム屋根を冠した塔屋が印象的だ。内部は単廊式で、船底のような折上天井は、ハンマー・ビーム架構という特殊な工法で造られている。内装には随所に五島列島の椿をモチーフにした装飾がなされ「花の御堂」の愛称も。国指定重要文化財。頭ヶ島パーク&ライドによりアクセスに要注意。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の1つ。頭ヶ島は、「上五島」と呼ばれる五島列島北部にある周囲約8kmの小島。急峻な海蝕崖が連続する地形で、潮流の激しい孕[はらみ]瀬戸に架けられた頭ヶ島大橋で中通島と繋がっている。江戸後期に大村藩の外海地域から開拓民が移住し、白浜、田尻、浜泊に集落を形成。潜伏キリシタンであった開拓民は人の近づきにくい頭ヶ島で、仏教徒を装いながら密かに信仰を維持。明治初期のキリシタン弾圧「五島崩れ」では多くの人々が拷問を受けた。現在は、カトリック頭ヶ島教会(頭ヶ島天主堂)をはじめ、潜伏キリシタンの指導者屋敷跡(仮の聖堂跡)、カトリック共同墓地などが歴史を物語っている。外海の石積み技術を駆使した垣根や採石場などの集落景観は、国の重要文化的景観「新上五島町崎浦の五島石集落景観」にも選定されている。
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