燈明崎
太地湾の東にある岬で、古くから航海の目印とされていた。古くは天平勝宝6年(754)、遣唐副使であった吉備真備[きびのまきび]が唐からの帰路、遭難して漂着したといわれる場所でもある。捕鯨が盛んなころには、沖にやって来る鯨の群れを見張る山見台が置かれ、捕鯨船に鯨の居場所を教えた狼煙場跡や支度部屋跡などに当時の面影が残る。寛永13年(1636)には、日本初の鯨油を用いた行灯[あんどん]式の燈明台があった。ここから眺められる紀ノ松島や梶取崎の風景は雄大で美しい。
- 和歌山県太地町
2026年03月17日 16時00分発表天気情報提供元:ウェザーニュース
| 時刻 | 0時 | 3時 | 6時 | 9時 | 12時 | 15時 | 18時 | 21時 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 天気 | - | - | - |
晴 |
晴 |
晴 |
晴 |
晴 |
| 気温 |
15°C |
15°C |
14°C |
12°C |
11°C |
|||
| 降水量 |
0mm |
0mm |
0mm |
0mm |
0mm |
|||
| 風向き |
東 |
東南東 |
南東 |
東北東 |
北西 |
太地湾の東にある岬で、古くから航海の目印とされていた。古くは天平勝宝6年(754)、遣唐副使であった吉備真備[きびのまきび]が唐からの帰路、遭難して漂着したといわれる場所でもある。捕鯨が盛んなころには、沖にやって来る鯨の群れを見張る山見台が置かれ、捕鯨船に鯨の居場所を教えた狼煙場跡や支度部屋跡などに当時の面影が残る。寛永13年(1636)には、日本初の鯨油を用いた行灯[あんどん]式の燈明台があった。ここから眺められる紀ノ松島や梶取崎の風景は雄大で美しい。
燈明崎にある。天平勝宝4年(754)、吉備真備らが唐からの帰途に海上で暴風雨に遭い、紀伊国牟漏崎に漂着したとの記述が『続日本紀』にみえる。さらに文政年間(1818~1830)の文献には、吉備真備の一族がこの地に定住し、太地の村を開いたとも記されている。記述に現れる牟漏崎とは現在の燈明崎といわれており、記念碑が建てられている。
和歌山県内で一番小さい太地町の玄関口に位置する道の駅。施設内には名物のクジラに関するたくさんの食やモノが集まり、日本遺産「鯨とともに生きる」のメイン情報発信拠点として熊野灘の捕鯨文化をアニメーションなどで紹介するスペースも設けている。直売所には地元でとれた海産物や農産物、手作りの惣菜が並ぶほか、レストランではくじらの形にごはんが盛られたカレーや「鯨の竜田揚げ定食」、「鯨カツバーガー」など町ならではのメニューを豊富に取り揃えている。